読書日記

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『公共性の構造転換』ユルゲン・ハーバーマス

ユルゲン・ハーバーマス『公共性の構造転換——市民社会の一カテゴリーについての探求[第二版]』(1994、未来社)

 

第一章 市民的公共性の一類型の序論的区画

⊡代表的具現の公共性の類型について

古代=ローマ法思想(公人と私人を対照化)

中世=古代のような公私対立はなかった

    宮廷騎士的な公共性の代表的具現

    ↓

    新たな公共性の代表的具現=市民的文化を同化によって、人文主義の教養世界は宮廷生活に統合される

    →キリスト教的騎士にかわって人文主義の教養のある延臣の登場(英・紳士)

彼ら=・陽気的で話し好き←新たな社交会の特色に、さらに[地方→中央]へ代表的公共

性は集中化

   ・街頭から庭園の囲・居城の広間の中へひきこもる=外に対して排他的

    ⇒彼らの集中された代表的具現の公共性はルイ14世においてその宮廷的集中の洗練された頂点へ

    =私的生活圏と公的生活圏の分化

      教会・王侯・貴紳など⇒分極化(一方で公的に、他方で私的に)

      国家と市民社会の対立へ

市民的公共性の成立史

13C~金融、商業資本主義による大きな定期市の発展

 これらは初期においては保守的、貴族的宮廷文化へ同化吸収される

↓(遠隔地交易の発展・商品と情報の流通)

新たな種類の市場の成立(1531アントワープが常設市に)

 商品=政治支配の土台を崩すまでには至らず

 情報=重要に。最初は公開性が欠けていた

この商品流通と情報公開=重商主義の局面に至り革命的威力

 国家=官僚制と財政需要を備える、都市経済の国有化、財政のために租税を開始

   ⇒君主の家産(私)と国有財産(公)の分離が当然に

      こうして新たな近代的な意味での公共性の名と結びついた新しい生活圏が地歩を得てくる=公権力の勢力圏←恒常的行政と常備軍という形で客体化

⇒公的(=国家的)対 公権力から締めだされた私人

 公権力の受け手として公衆を形成、「政府>臣民(資本主義貿易)」という関係に

 =政府の対応物としての市民社会が構成される

     ―家庭経済内に封じ込まれてきた活動が家庭の敷居を超え公共性の明るみへ

新しい公共的意義=つまり私有化された経済活動が営なまれるための経済的諸条件は、各自の家政の埒外にあり、公的な指導監督のもとに拡大された商品流通を眼目にして発展せざるを得ない

アーレント=私生活圏に対する公共圏の関係=「社会的なもの」(=市民社会

       →公共的意義を帯びてきた私有圏

この政治的社会秩序(政治と社会という契機の分化)=新聞の誕生によって起爆

 行政当局がこの新聞を利用、公権力の受け手の公衆化

 公衆に相手方としての自覚(=市民的公共性の公衆としての自覚)を促す)

+教育的啓蒙、批評雑誌によって、政府に対する公衆の議論をも統制下に

                 政府は公衆の非難を、その資格がないとする。

                 (公衆にはそうするための知識がないため)

→公共性が公権力から分離した一つの民衆広場に

 ここに集合した民衆は公権力に対してその正当性の証を求めるように

 =臣民の主体化

 

第二章 公共性の社会的構造

⊡基本構図

市民的公共性=公衆として集合した私人達の生活圏

                ―当局によって規制されてきた公共性を、間もなく公権力そのものに対して自己のものとして主張

                =私有化され公共的に重要なものとなった商品交易と社会的労働の圏内で公権力と折衝するため

前史では…領主身分|君主 → [国会<国王]-断絶-第三身

     公衆の公権力への権利要求=支配そのものの性格を切り崩す

国家と社会の分極過程=社会の内部でも再反復←[社会(社会的再生産の生活圏:小家族の生活圏)]

 

文芸的公共性(非政治的な形態の公共性)が公権力の傘の下で形成

公権力の公共性が私人たちの政治的議論の的に

(→結局は公権力から全く収奪されるようになる)

この文芸的公共性=公共の論議の練習場、自己啓蒙の過程

 18Cに政治経済学と並んで心理学が成立(in市民社会

             →文化的作品に接して交わされる議論のライトモチーフ

 文化への関心から公衆にかかわる主体性が相互理解を求める(=議論の発達)

 ※もともとこの文芸的公共性は生まれつき市民的ではなく、宮廷から。

  =宮廷貴族の社交界とのコミュニケーションから

   ↓

   次第にこの社交界も宮廷から分離、宮廷に対立

  <都市=初期の文芸的公共性を指す←サロンで施設化⇔宮廷(具現的公共性)>に。

   =新しい市民的公共性の先駆け

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

私的領域←                           →公権力の領域

市民社会           政治的公共                 国家

(商品交易と社会的労働の領域)

小家族的内部空間       文芸的公共性                宮廷

(市民的知識層)

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

基本的分割線=「国家」と「社会」

※私的領域には本来の意味での「公共性」も含まれている

→民間人の領域内に<私生活圏:公共性>の区別有り

              =狭義の市民社会(=商品交易と社会的労働の領域)

この文芸的公共性から政治的公共性が生まれてくる

 

⊡公共性の制度(施設)

17Cの公衆=芸術、文学の受け手、批評家、聴衆←第一に宮廷・上流市民のこと

      →「宮廷」と「都市」が未分化

サロンの登場、宮廷に対して一定の自立性を主張

 しかしまだ上流階級が支配的

↓フィリップ期あたりから…

宮廷は公共性の地位を失う→「都市」がその役割を担う

              さらに担い手のみならず、公共性そのものの変化

              byサロン・喫茶店

                               =社交界と市民的知識層の間に一種の教養人としての対等関係が次第に形成

                 芸術や文学の話が次第に政治・経済の話に

⇒次第に議論する公衆と市民的公共性が政府当局の統制下の公共性に対して勢力伸長

  サロンやコーヒーハウスは私人たちの間の持続的討論を組織化

  =つまり一定の共通した制度的基準がある

  ①社会的地位の平等性。それどころか、社会的地位を度外視

   =権力、権威の効力停止

  ②それまで問題とされなかったことを問題化

   =教会的・国家的権威による上からの独占的解釈を打破

   文学作品等で次第に一般への供給がなされる→この作品を自律的に解釈するように

  ③公衆の原理的非閉鎖性へ通じていく(by文化の商品化と討論可能な文化への過程)

      =討論対象を手に入れることができ、財産と教養がある全ての私人から成る

       「普遍的」に

      →「大きな公衆」の形成⇔それでもかなり限定的

       =新たなカテゴリーが成立

劇場や音楽会、読書会=宮廷貴族のもの→公衆のためのこれらの成立

=芸術が貴族のための機能から解放、自由な選好と好尚の対象に

 →芸術は趣味に即し、これが機能にこだわらない素人批評において表明されるように

  Eg絵画=通人蒐集のためのもの→絵が展覧されるように=だれでもそれを評価する権利をもつ

    →公衆のアマチュア批評が組織化=「芸術の半官

                     =公衆に対する教育者と自任

                      一方で職業的役割ではないので、彼らに対する意義は認められる

                     →一私人の判定であることには変わりない

    週刊や月間の雑誌が公衆全体へ彼らの批評を広める=公論的機関に

     →文学や芸術は文学批評・芸術批評との連関でなければ不可能に

    さらに道徳的雑誌の誕生=自分自身をテーマに、使命のための意思疎通の志向

 

⊡市民的家族―公衆にかかわる私生活の制度化

「大きな公衆」の発展・優位に

=私人たちの公共的議論の中で、様々な経験についての意思疎通と啓蒙を求めあう

               =家父長的な小家族の圏から出てくる

                =資本主義改革からはじまる家族構成の変遷の中から出現

 例)住居の変化=家が個々人にとっては住みやすく、家族にとっては狭く貧しくしていく私生活化の過程

         ―居間のホールの大家族的公共性→居間の小家族的公共性へ

          客間(サロン)は社交のために役立てられる

           →私人たちは居間の親密性の中から客間の公共性の中へ

                    ↓         ↓

                  この二つは厳密に関係づけられている

家族サークルの圏=政治的・経済的解放に対応する心理的解放の場だが…

一方、労働と商品交易の圏に依存、市場の私的領域に依存

自由意志・愛の共同体・教養を持っているように見える

=小家族的親密領域の理念

       ⇒しかし、この理念の実現は難しい

        =市民的社会も強制下に置かれている。家族は資本の増殖過程の中でそれなりに厳格に輪郭づけられた役割を演じる

         =家族は社会の代行者として、自由の外観を保ちつつ、社会的に必要な諸要求の厳格な順守を達成するという困難な課題に直面

⇒自由意志=父の権威の内面化、愛の共同体=身分結婚・金銭結婚、教養=職業の要求

 →家族の自己理解を空洞化

 ↕

小家族的親密さの圏内の私人たち=経済活動という私生活圏からも独立なものと自己理解

                →相互に「純粋に人間的な」関係に入りうる人間たち↓             としての自己理解

                 =「手紙」の交換

=個人は手紙を書きながら、自己をその主体性において展開

 ―「心情の披瀝」であり、「魂の生き写し」

⇒文通や日記の文学・小説化(=公衆向けの主体性から起こった)

 

公共の圏は、広範な市民階級の層においては、小家族的親密圏の拡張として、かつ同時にその補完として、発生した

 

この文学=広い読者層の文学になり、公衆として寄り集まる私人達は、読んだ事柄についても公共的に議論し、共同で推進される啓蒙過程の中へそれを持ち込んでくる

    ⇒小説の流行化

=サロン・喫茶店による結束→新聞・職業的批評によって結束させられている公衆に

 この公衆=文芸的論説の公共圏を形成、この中で小家族的親密性から由来する主体性が自己理解を遂げる

 

⊡文芸的公共性と政治的公共性の関係

政府当局の監督を受けていた公共性が、論議する私人たちの公衆によって略取され、公権

力に対する批判の圏として確立

文芸的公共性の機能変化として発生

公衆に関心を持つ私生活の経験連関は、文芸的公共性の媒介を受けて、政治的公共性の中

へも取り入れられてくる

 

公共性が論争の次元内で政治権力を得るに至る(18C)が、その次元はそれに先立つ2世

紀の間に、すでに絶対的支配の原理をめぐる国家法的論争の中で展開

        =ホッブズモンテスキュー―普遍的法を政治学へ導入

         →市民的公共性の中で、絶対的支配に対する”法律”の要求

          さらに、自分自身(=公論)をもこれらの法律の正統な源泉として主張し始める政治意識の芽生え

 法規範の特徴=一般性と抽象性

        =公共的討論から出てきた私人たちにとってはなじみのあるもの

 →文芸的公共性の制度に即した意識によって、法律規範という中心的カテゴリーについて実証された政治的公共性を自己理解する

 

私有圏(市場の圏)と私生活圏(家族)=相反並存性―公共圏でも

 =・私人たちが文学的論議において人間としての彼らの主体性の諸経験について自己理解を求める(文芸的公共性))

  ・私人たちが政治的論議において財産主としての彼らの私有圏の規制について自己理解を求める(政治的公共性)

  ⇒この二つ=全く合致するわけではないが、十分に発達した市民的公共性では、公衆として集合して財産主および単なる人間という二つの役割を演ずる私人たちは擬制的に同一

この「財産主」としての公衆と「単なる人間」としての公衆との同一視

=絶対主義的支配体制からの市民社会の政治的連関によって

 =公共性は既成権力に対抗して公開性の原則を突きつけたので、はじめのうちは、政治

的公共性の客観的機能が、文芸的公共性のカテゴリーから得られたそれの自己理解へ

収斂し、私有財産主の利害が一般的個人的自由の関心へと収斂しえた

 

第三章 公共性の政治的機能

⊡モデルケースとしてのイギリスにおける発達

政治的機能を持つ公共性=17,18Cにイギリスで初めて成立

 イギリスでは17C末には既に数多くの新商社が成立、土地貴族出身の次男三男は富裕な商人の地位に=地主層対商業界の対立は際立たず

 ⇒新しい利害対立へ(貿易制限対資本拡張(=商業資本対工業資本))

  この資本領域そのものに波及する対立は、一層広範な層を巻き込む

                     =論議する公衆

この公衆の発展の契機①イングランド銀行の創立=資本主義的生産様式の確立へ

          ②事前検閲制度の撤廃=論議が新聞へ浸透

          ③内閣政府の誕生

 

すでに17Cの70s=政府は喫茶店での議論が引き起こす危険に対抗する必要

         ⇒喫茶店は政治不安の発生源とみなされる

ハーレイによる新聞の政治利用(党派精神の公共精神化)―政治新聞

野党=政府に対する批判的解決や公然たる反対論を正常な地位へ引き上げるジャーナリズムを創出

 →新聞が本当に政治的に議論する公衆の批判的機関へ

王室や国会を解説批判することが制度的地位を得る

 

→公権力側も変化せざるを得なくなる

―議会やその討論の公開化

 議会討論から公共性を締め出すことは不可能に→論議する公衆が成長して政治的監査機能を獲得するに至る

・野党=国民感情・公共の精神といった言葉を用いて与党を攻撃

・「公衆の集会」の規模拡大→「政治クラブ」も数多く形成されるように

⇒1792年公衆の公的批判の機能を間接に公認→議会ではじめて話題に

 19Cまで、とにかく大幅な組織化

 

→フォックス「意見形成の手段を公衆に与えよ。」(=フォックスの格率)

 1834年ピールのタムワース宣言⇒「公論による政治」

 

⊡大陸における諸変形

・フランス

18C半ば~政治的に論議する公衆が発生

⇔しかし、革命以前には政治的ジャーナリズムは許されず、厳しい検閲有

 +身分制国会すらない、三部会は1614年以降招集無し

  国王が大幅に公権力独占(←国王以外は平等に臣民)

ネッケルの登場⇒国家財産改革の提案

 =ついに上昇した知識人の援助の下に要請されてきた公衆圏は、ついに政治的にも論議

する公衆圏に→市民社会が自己の利害関心を反映的に表現していく圏へ

―「抑圧」はあっても「無効」にはできないように

1791年憲法―「公共性」(公開性)の保証

1793年憲法―印刷、執筆、言論の自由

しかしその後ナポレオン=出版の自由を廃棄、検閲復活

さらにその後の7月革命において、新聞と政党に、さらに完全な公開性の中で討論する議会にも自由を付与される

 

・ドイツ

貴族と市民層の障壁が長く温存

さらに市民たちも、人民大衆に対する格差を保持

=貴族→市民→大衆の別(市民層=教養ある身分)

1770s~雑誌の活発化、読書の普及

 ⇔しかし、政治批判に対しては厳しく処罰

 

⊡私的自律の圏としての市民社会(私法と自由化された市場)

上記のように、政治的に機能する公共性が成立するが、

その過程については、

=公衆、新聞、政党および議会の制度的連関と、権威と公開性の対決から

その機能そのものの様式は、

=商品交易と社会的労働が、国家の統制から大幅に解放されていくことになる市民社会の発展史からとらえる必要

 

政治的に機能する公共性=国家権力と媒介

 この発展した市民的公共性を成り立たせる前提条件=自由化市場

                         =市民社会の私有化を完成

資本主義形態による市場の拡張と解放→商品取得者は自律を得る

                  「私的」という言葉の積極的意味を得る

―この過程=私法の形成の歴史

=私法体系における基本的自由によって、人格の法的地位の保証も明確化

 →これは市場における原則的対等性に対応

  「身分から契約へ」

=私有圏としての市民社会は、ひとえにこの局面において、公権力の統制から解放され、当時政治的公共性は市民的法治国家において十分に発揮することができるほどになった

 

⊡市民的法治国家における公共性の矛盾をはらんだ制度化

市民社会が標榜する理念には、自由競争の体制には自動調節の機能がある

              =「自然的秩序」

              ⇔国家の法律は明示的に制定される必要

法治国家たることの性格そのものは、公共性を必ずしも必要としない

 Eg土地に基づく利益集団=「公論」の政治参加にメリットを見出せず

一方で公衆は立法権限を得て初めて、市民的交易の必要に応じた立法の保証を得る

 

この特有の矛盾=法律の相反並存性に由来

 「法律には人民参加が必要条件」→だとすると「人民参加の下で成立したものは法律」

  →法の支配=人民代表の支配??

⇒一方では、法律の中に、実力によって貫徹された支配要求という契機が入り込む

 他方では、理性の表現としての法則の概念

カールシュミット=「法則は意思ではなく理性である」=法の支配が支配一般の解消へと向かう志向を持っている

しかし、「立法」が権力の性格を持つこともまた否定できない

 権力無しにはたらくのは「司法」のみ⇔立法・行政権力(モンテスキュー、ロック)

 ―公論=権力ではありえないので、公共性の「支配」とは、そのなかで支配一般が解消

するような秩序のこと

⇒公論=意思を理性へと転化する

 

公共圏とその機能は基本法によって画定⇒公共性は国家機関そのものの手続きにとって も組織的な原理に

―ここで公開性の必要が要請

 市民的公共性=もともと一定の集団(人民大衆)を排除→だからこそ、市民的法治国家の主体として通用しうる公衆は、自分たちの圏を反省的に検討。

この彼らの自己理解=文人的(教養と財産を持つ)

→様々な経済学的条件が満たされれば、財産と教養を得るための機会の均等性が保証

=一見誰もが「市民」足り得る可能性

⇔実際には財産主のみがこの様々な経済的条件を達成して公衆を保護できる立場にいた

 彼らにはその必要性がなかった

 

発展した市民的公共性は、社会的諸前提の複雑な位相に拘束

→まもなくこの前提は深刻な変化→公共性の矛盾が露呈

 =それ自身のイデーによれば、全ての支配に対立しているという公共性の原理に助けられて、一つの政治的秩序が成立

  しかし、それの社会的基盤はどうしても支配を不必要にしなかった

 

 

 

第四章 市民的公共性―イデーとイデオロギー

⊡公論(public opinion―opinion publique―offentliche Meinung)論点の前史

市民的公共性の機能の自己理解=「公論」の中で結晶

(本章ではその前史を扱う)

 

英語、フランス語のopinionという語=不確実な、という意味を含意

                                   もう一方の意味として評判、名声

しかし18cにopinionという語が判断力のある公衆の議論を指すようになるまでには紆余

曲折あり

―本来、opinion(単なる意見、評判)は公論の標榜する合理性とは対立関係

 

ホッブズ=信仰や判断、推量などの作用を「意見」と同一視

         →宗教や財産の私有化(ある意味で格下げ)によって市民的私人はかえってそこか

ら解放され、彼らの意見が重要に(私的信念の格上げ)

ロック=神の法と国家の法を同格に「意見の法」と述べる

  意見の法=美徳を「公的評価」で測るとする

こではもうopinion=「不確実」ではなくなる→「意見の法則」=美徳と悪徳の基準へ

 しかし、まだ「意見の法」­≠「公論の法」

 というのも、この「意見」は公共の討論の中で成立するものではなく、「法律を作る権

威のない私人たちの合意」であるから

一方フランスではこの「opinion」と「不確実・偏見」の間の縁が切れない

―ベイルにとって哲学的法とは「意見の法」ではなく「批判の支配

 批判とは厳格に私的な営みで内面的なもので、国家の政治的領域には対立

 ⇒批判は公権力に影響力無し

  一方で批判⇔誹謗中傷

 

「意見」=「公共精神」へ

 ボーリングブローク=「公共精神」…権力者の腐敗に敵対する「自由の精神」

           人民大衆の中には正しい感情が生きている→軽蔑すべきではない

 ⇒常識(コモンセンス)にたよって生きている人民は欺き得ない

  さらにこの公共精神は政治的ジャーナリズムの影響を受け、野党的な公共性「批判」の原理と結びつく

バーク「アメリカ事情について」←代表なくして課税なし

⇒議論する公衆の意見は単なる意見ではなく「公共の事情について」の真摯な反省

それについての意見を形成し発表する権利有り

 =「一般的意見」→まもなく「公論」という名を帯びるように

 

「意見」=「公共精神」=「公論」へ

 公共の意見=伝統や良識に支えられた人民の意見

 ↓

 重農主義者によって「啓蒙された公衆」となると…

 =「公論」=公共性における批判的討論を通じて真の見解へ浄化された意見に

 ※重農主義者=<公論と君主、理性と意思の二重権威説>⇒公衆の地位は既存体制内

  フランスでは「公論」の批判的機能はまだ立法的機能からは厳格に分離

   =公論の理性には、その公正的機能が与えられずにいた

   ⇔ルソー―「一般意思」=人間性の本性として立ち現れてくる

        ここでロックの「意見の法」は社会的に主権者になる

        →議論する公衆の公共性を排除した形において、非公共的意見が「公論」という新しい名のもとに、唯一の立法者に

    ルソーにとって意見=論議の合意ではなく心胸の共鳴、自然成長的

              →公共的討論のない民主主義

         ↕

    重農主義者=批判的に活動する公共性によって補完された絶対主義を推薦

     ⇒両者の極度の分極化

     ⇒革命によってこの両者の結合へ

  1791年憲法=政治的に機能する公共性を基本法的に保護

         ―公論概念の急進化(公論の絶対性)

          議会討論は公開性を持って公衆による監視を必要とする

          ⇒この議会内外の公開性によって、政治的議論が意志の問題から理性の問題へと転化する

 

⊡政治と道徳の媒介原理としての公開性―カント―

ドイツでは、公論という論点がまだ市民権を得ないうちに、市民的公共性の理念が理論的

に完熟←カントが公開性の原理を法哲学的および歴史哲学的に展開したことによる

 

私人たちが絶対主義に対して提起した批判の審判は、自らは非政治的だと自己理解

 ⇒公論は、道徳の名において政治を理性化しようとするもの

  (18Cにおいては、自然や理性と取り合わせて考えられてきた「道徳」が「社会」と

いう生活圏にまでおよぶように)

 =「政治は道徳に仕えることなしでは一歩も進めない」

 さらに「政治そのものは困難な技術だが、政治と道徳の結合には少しも技術必要ない」

 ⇒共和的・(国際間で)平和主義的であるべき

  =「理性のみが権力を持つ」→立法さえも道徳的にその監査下に置かれる

   政治と道徳の一致のためには、「公開性」が必須

   ―公衆に自由を与えれば彼らは自らを啓蒙(=理性の公共的使用)する

    しかしこの公衆の地位は両義的

               =一方で政府批判、他方で人民を啓蒙

 ※啓蒙能力のある人=理性の公共的利用ができる人ならだれでも

              =全読書公衆の前で行う

          ⇔私的利用=市民的役目や職務において

                →この場合=論議は許されず、要服従

  ともかく、理性の公共的使用は常に自由である必要性→これによって人々に啓蒙を

  

この政治的機能を帯びた公共性=自由主義法治国家の組織原理に

                ここでは、市民的自由が法によって保障

                法の前の平等

              この法=「理性から由来する人民の意志」を根拠に